「お母さん、娘をやめていいですか?」を見て。

「お母さん、娘をやめていいですか?」の最終回が終わった。あまりに興味深い内容であるし、斉藤由貴と波留を筆頭に俳優陣の繊細な心理描写が秀逸で、食い入るように見た。

 

この話に出てくる家族は一見母が特殊な存在のように思われがちかもしれない。だが実際は「悪」は存在せず「正義」もない。干渉する母、言いなりになる娘、仕事に逃げる父、3人が共犯者なのであり、家庭はその状態の維持を望んでいる者たちの相乗りバスなのである。外側から見ればトラブルなく穏やかに暮らしていれば「平和な家庭」とされ、これは「社会的な善」である。社会や周囲が描く理想の親子像や家庭像とのギャップ(実際は定型的な家庭など存在しないと思われるが)のために苦悩する、そういう物語である。

 

「娘vs母」に終始せず、娘が現状の問題に気づき、一見平和に見える家庭環境に変革を起こすために行動し、実際に変革した。そして、3人ともが新しい道を選んだ。ということが描かれているのである。

 

このことをなしえたのは、当然松島など周囲の人間によるところが大きいのではあるが、娘の成長に伴って必然的に起こった、とも言うべきかもしれない。一貫しているのは、「行動を起こすことが大事」というメッセージである。これは美月の家庭で起こった問題にも通ずることであるし、父の退職やその後の決断でも描かれている。

 

またこのストーリーでは、単純に「家を出る」「実家に戻る」という0か100かではなく、「家を出るが、彼の家ではなく一人でマンションに住む」「実家に住むが、同じカップは使わない」など、その時その時で最良の妥協点を見つける試行錯誤を繰り返した上で、結果としてあの結末を選んだ、という過程の部分を惰性にならず丁寧に描いている部分が素晴らしいと感じた。

 

ちなみに自分は男性であるが、一人息子で、やはり美月と似たような境遇であったため、この美月には自分を投影して見ていた。仕事の関係から一人暮らしをすることになり、母と離れて住み始めると、このドラマと同様、メールなど過干渉であったり、親子ゲンカのようなことがしょっちゅう起こった。一人の子供というのはそれだけ大きな存在を占めているのである。だが今ではすっかり両親2人で仲睦まじくと言えずとも、それなりに上手くやっているようだ。そう考えると結局この物語も、悲劇でもなんでもなく単純に現代の家庭の成長物語ということなのかもしれない。(多くの家庭が核家族化して、手本がないために、あるべき家庭像を模索する過程で発生する問題が現代になって表面化しているのかも)

 

「安定した現状を維持する」ということは一見順風満帆と感じてしまいがちだが、例えば子供の精神は成長しているように、実は変わっていないのは当人だけで、環境は変わっている。常に現状を冷静に判断して現状維持なら現状維持を、変化なら変化を「積極的に選択」していることが重要なのであろうと思う。

 

お母さん、娘をやめていいですか?|NHK ドラマ10